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指定文化財
【51】 飛鳥京跡苑池(国指定史跡・名勝)
名称 飛鳥京跡苑池
所在地 明日香村大字岡
面積 27,413平方メートル
指定年月日 平成15年8月27日

 

遺跡は明日香村岡に所在。庭園の歴史的な変遷を検討する上で重要な遺跡である。飛鳥宮跡の北西、飛鳥川右岸に立地。平成11年1月から始まった調査は、大正5年に二つの石造物がみつかった場所を中心に行われた。調査の目的は、石造物の出土状態を確認することと、遺構の性格を解明することである。調査の結果、飛鳥時代、7世紀後半以降における苑池の様相が明らかにされた。一つ目の課題である石造物の原位置は、この発掘調査によって一部が明らかになる。二つ目の課題については、多くの成果をあげ、特に『日本書紀』天武14年11月条にみえる「白錦後苑」との関わりを検討できるようになったことなどは大きな成果であろう。近年では、保存整備活用事業のための発掘調査が行われており、新たな成果と課題がみつかった。南池の規模は南北約55m、東西65m、面積が2200㎡で、五角形の平面形を呈していることがわかったのは成果のひとつである。南池の中島がつくられる前にはテラス状のステージが存在していたこと、中島自体が2段階にわたって機能していたことなども成果としてあげられよう。池周辺における調査では、門や塀などが確認された。

 

 

【52】 岡寺跡(国指定史跡)
名称 岡寺跡
所在地 明日香村大字岡
面積 82,865平方メートル
指定年月日 平成17年8月29日

 

義淵僧正創建の伝承がある。創建にまつわる確実な同時代史料は少ない。『扶桑略記』の記述などによって、創建に天皇家や義淵が係わっていたのではないかと推測された。奈良時代前期の複五弁・六弁軒丸瓦と均整葡萄唐草文軒平瓦のセットが岡寺式と呼ばれる型式である。この型式は奈良盆地南部においても、とりわけ山間部にある寺院で使用されるため、修行道場における専用型式の可能性が考えられている。伽藍の創建は七世紀末から八世紀初頭とされ、その完成は八世紀後半であろう。伽藍は丘陵の稜線上などに点在すると思われる。発掘調査では、金堂基壇の一部が確認された。基壇外装は凝灰岩でつくられた地覆石と延石である。このような壇正積基壇は、官寺とそれに準じる寺院で八世紀初頭に採用されはじめる基壇。金堂の本尊は不空羂索観音像であろう。金堂からは平城宮内裏北外郭地域で使用されていた軒平瓦と同笵のものが出土しており、720年前後に作られたものとされる。本堂の本尊は塑造の如意輪観音坐像で、高さ5m近い。この像は、国の重要文化財に指定されている。

 

 

奥飛鳥の文化的景観
【53】 奥飛鳥の文化的景観(※文化財保護法による国選定 重要文化的景観)
名称 奥飛鳥の文化的景観
所在地 明日香村大字稲渕・栢森・入谷と祝戸・阪田の一部
面積 565.8ha
選定年月日 平成23年9月21日

 

文化的景観とは、平成17年4月、文化財保護法が一部改正されたことにより新しい文化財の一つとして位置づけられたもの。定義によれば「風土に根ざして営まれてきた人々の生活や生業のあり方を表す景観地」とされる。言い換えれば、私たちが自然や風土と共生する中で育んできた原風景といえよう。文化的景観の中で、特に重要なものとして文部科学大臣が選定したものが「重要文化的景観」とされている。景観単位は飛鳥川、集落、農地、森林域。主な構成要素を取り上げてみると、男綱・女綱などの縄掛け神事に使用される民俗事例、飛鳥川上坐宇須多伎比売命神社・加夜奈留美命神社・大仁保神社などの神社、飛鳥川飛び石・南淵請安先生の墓などの村指定史跡といったものがあり、多彩である。これらは飛鳥川上流において展開される、地形に即して営まれてきた居住の在り方と、農業を中心とした生業の在り方の歴史を表している。

 

 

【54】 木造仏涅槃像(※文化財保護法による指定文化財)
名称 木造仏涅槃像
所在地 東京
種別 重要文化財 / 彫刻
指定年月日 明治42年9月21日
管理者 東京国立博物館

 

涅槃像とは、釈迦入滅の姿を現したもので、絵画には多いが、彫刻では少ない。像の丈は171.1cmで、右脇を下にして、右手を枕として横たわり、足をやや交差させている。身にまとった法衣のしわも優美に造られている。平安時代後期(12世紀)の作と考えられている。

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